『美人の生きづらさ』の話

たまにネットで

美人は生きやすいだろう

という話を見かけます。ネタで言ってるのか、どれぐらい本気で言ってるのかはわからないけど。これに関して、私は美人では無いし、美人な友人もいないので、自分の目から見た『これ』という答えはありません。

 

ただ漠然と世の中を見て、生きづらそうな人もいるし、生きやすそうな人もいるな~というイメージ。これは何にでも言えると思って、

「お金持ちがみんな生きやすいか?」

と言われたら、経済的に安定してる反面、騙されたり家族がおかしくなった人もいるし、お金がないとやっぱり生きる上ではしんどいので、どちらが良いかは一概には言えないですよね。

 

自分にある要素をどう使って、どう組み合わせて、生きづらさを無くす、上手く生きるか考えるのが人生なんだと思います。

 

そうだとは思うけど、「美人は生きづらいのか?」という話について、わかりやすく描かれていた漫画があったので、その事を書きたいと思います。

 

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天然コケッコー

1994年~2000年に連載された漫画作品です。舞台は田舎の小さな村(島根県浜田市周辺がモデル)で、決して『美人の生き辛さ』がテーマの作品ではありません。ヒロインは10代のそよちゃんという女の子。田舎の人付き合いだったり、社会だったり、恋愛やら友情だったりが繰り広げられています。

この、そよちゃんが美人な女の子です。

 

中学生までは小さな村の中で、みんな顔なじみでワイワイ仲良く(時に喧嘩したり)しながら日常が過ぎていきます。わりと平和。

そんなそよちゃんの平和が変わっていくのが、高校生編から。

ほぼ知らな人だらけの森町の高校に進学します。そよちゃん自身は自分が美人であるという自覚がほとんど無いのですが、森町の人たちは

『すごい美人がきたぞ』

という感じで、そよちゃんに対して三者三様に接してきます。

 

  • 美人なそよちゃんに惹かれて話しかけてくる男子たち(複数名)
  • ナチュラルに嫌味(のようなこと)を言う女の先輩
  • そよちゃんに一方的にコンプレックスを感じてる他校の女子生徒

 

などなど。他にもいろいろな接し方をされますが、挙げた3つは『美人じゃなかったら』こうならなかったであろうものです。

 

どれもなかなかにしんどいですが、傍から見てたらどれぐらい理解されるでしょうか?もし私が同じ高校の生徒だったら、「美人だからなぁ~」とそうなってしまうのも仕方がないと思って遠目から見ていたかも知れません。

でも漫画なので、本人の視点やら心情が読めることで、「これはしんどいな」と伝わってきました。

 

 

私も学生時代に美人なクラスメイトがいましたが、たしかにちょっとへりくだって接してしまっていました。ただ、小学生から知ってる子は美人ということをほとんど意識せずに接することが出来たんですよね。

思春期に突然現れた存在に対してだからしてしまう行動なのか。人の容姿をいろいろ言うメディアや社会の影響を、自分が受け取れる年齢になったからというのもあるでしょう。(小学生の頃は外部の影響ってあまり受けてなかった。田舎育ちだからかもしれないけど。)

 

美人に対して、『そうじゃない人たち』が出来ること

私は美人として生きる決意をした。|久保 佳奈子|note
「美しさ」とは、なんだろう。 人はなぜ、美しいものに惹かれるのだろう。 そのくせ、「美しさ」は時として人に嫌われる。 「美しさ」とは、一体なんだ。 なぜ謙遜が必要なの? 私は、小さな頃から「美人だね」と言われて生きてきた。 人からしたら、良いじゃん!羨ましい!と言われるのだろう。 あえて言おう。 美人...

こちらの久保さんの話は、美人じゃない私でも理解出来ます。

なぜだ。
なぜ思ってもいない謙遜を求められるのだ。

“いっそブスに生まれた方が楽だったのに”
“女の子に嫌われる可能性が高くて疲れた”
“せめてサバサバと振る舞おう”
“ぶりっ子にはならないように気をつけよう”

ああ、こうして本当の私は、消えていく。
作られた私ばかりが残っていく。

謙遜をしたことがある人なら、顔の美醜という話題じゃなくても近い感情を持ったことがあるんじゃないかな。私はある。

 

こういう思いをするのは辛いだろう。

 

どうすれば良いのだろう?

1つは『美人ですね』という話題を振らないことかな。よくLINEやメールなどのコミュニケーションとで、

あなたの感想を言われても困るのでそういう話題は振らないで欲しい

という話をきく。ついやってしまいがちだし、そこから生まれるコミュニケーションもあるから完全に悪だとは言えないけど、そういうコミュニケーションを減らしていく、変えていく。

 

珍しい名前やハーフの人が何回も同じ質問をされるのにちょっと似てる話。

 

相手が喜ぶ、お互い話して楽しいテーマを言うって、すごく素敵なことだし大切なことだと思う。

「美人に容姿のことを触れないのは失礼」なんて言う人もいるけど、それはある程度仲良くなって関係が深まって言っても相手が素直に受け取ってくれるぐらいまで言わないほうが平和な気がする。

 

美人と言われて素直に喜ぶ人もいるから、どちらに合わせるか知った上で言ったほうがお互い幸せだと思う。

 

漫画の話に戻って

天然コケッコーのそよちゃんは自分が美人だという自覚が無いように見えます。鈍感なので、好意を持って話しかけてくれる男子たちのことも、

 

『自分が田舎者だから、からかってるんだ! 』

 

と怒ってます。

 

そのせいか、美人である自分を嫌だと思ったり否定する所が無いのは幸いなことなのかな。自分で自分のことを否定するって辛いですからね。

 

生きづらさを無くすには、本人に出来ることもあるけど、周りの人が出来ることもあるでしょう。生きづらい人を作ってしまう行動を無意識のうちにしてしまうこともあります。もし、それに気づけたら1つずつその行動をやめる。そういう行動の積み重ねをやっていきたいですね。